音楽家の伝記モノは大好きなので観たくてしょうがなかったのですが、人気が無くてあまり公開されておらず、行けない間に終わっちゃうんじゃないとヒヤヒヤしました。観られてよかったー。

愛と狂気のヴァイオリニスト(初回限定盤)(DVD付)

 

あらすじ:公式サイトから

音楽史上、これほどスキャンダラスな伝説をまとったヴァイオリニストが存在しただろうか。ニコロ・パガニーニ──聴衆を驚愕の嵐に巻き込み、「悪魔に魂を売り渡して手に入れた」と恐れられた前代未聞の超絶技法、派手な女性関係、ギャンブル・・・尽きることのない逸話の影には、彼の人生を変えた知られざる二人の人物がいた。一人は、パガニーニを一大スターへと押し上げた敏腕マネージャー。もう一人は、生涯ただ一度の"純愛"の相手──。

不世出の才能に恵まれながらも、破滅型の異端児だったパガニーニがいかにしてヨーロッパ随一のアーティストへと上りつめたのか?そのカリスマ性に群がる女性たちと放蕩の限りを尽くしていた男が、なぜ一人の女性に魂を奪われたのか?そして純粋すぎる愛の思いがけない行方とは?いま、パガニーニのドラマティックな生涯に秘められた真実が明かされる──!

とのこと!これは観たいε-(`・ω・´)フンッ

 

以下ネタバレ有の感想。

結論から言うと…音楽の素晴らしさと、演奏している時のギャレット氏のエロカッコよさ以外は結構ガッカリもんです。見方を変えると、脚本と演出のアラがあっても、演奏シーンが入ると見入ってしまうし、感動します。それはひとえに主演(かつ発案者、総指揮?らしい)のギャレット氏の演奏が「本当に演奏している」からだと思います。ギャレット氏はモデル活動や正統派クラシック以外の演奏、速弾きの世界記録などが注目されがちですが、普通にウマい人が生演奏して主役も張っている映画はあんまりないので、それだけでも得難い感動があるかと思います。オペラがもう一つの音楽的な軸ですが、こちらも清らかな美しい歌声が聞けて良かったです。

 

心に残ったシーン①

イギリスの酒場で「よそ者だ」と殴られそうになるパガニーニが、演奏して見せて一転人気者になるシーン。娼婦に扮した女記者が、パガニーニに「歌でも歌ってみなさい」とけしかけてその場をおさめようとする機転、緊張感も良かった。ここで、弦が一本ずつ切れていき、最後G線だけで曲を弾くという逸話も再現されています。音楽の説得力が感じられたシーンでした。

 

心に残ったシーン②

興行者かつ指揮者の人物の家に泊まったパガニーニが、その娘(シャーロット)の歌声に動かされて悲壮なメロディーを奏で、シャーロットがパガニーニの部屋に吸い寄せられるシーン。その後、シャーロットはベッドに腰かけてパガニーニが作曲したアリアを歌います。シャーロットは、このシーンの前までパガニーニを毛嫌いしていたのですが、「見直しちゃう気持ちもわかるなあ」という音色でした。ここでも音楽の説得力を感じました。

 

心に残ったシーン③

ロンドン公演のアンコールで、演奏を見に来ていたシャーロットを招き入れて急きょアリアを共演するシーン。家でのアリアの共演ではピチカートで控えめな伴奏をつけていたパガニーニですが、ロンドン公演での伴奏は歌を守りながらもバイオリンもダイナミックに主張しており、非常に良かったです。

 

全部音楽のシーンですね。いや~、音楽って素晴らしい。

ロンドン公演はちょっとロックのライブみたいに演出されています。モーツァルトの映画「アマデウス」でも、乱痴気騒ぎでピアノを乱れ弾きするシーンはちょっとロックっぽかったです。当時、そういった特殊な才能の即興はほとんどロックのような熱狂をもたらしたのでしょうね。

 

下記、ちょっと不満を書きます。「pv映画でもぜひ見たい!」という方は、これ以降見ないでください^^;

 

パガニーニをプロデュースする「ウルバーニ」がヘン

パガニーニのプロデュースを申し出て、ずっと不気味にパガニーニのマネージャー的なことをしているウルバーニという人物がいるのですが、この人は出方からして非常に演出臭いです。彼はパガニーニがオペラの前座として観客にバカにされている冒頭のシーンから出てくるのですが、その後寝室で娼婦(?)と寝ているパガニーニにプロデュースを持ちかける演出が安っぽい。このシーンまでの演奏が微妙だったこともあり「これはハズレ映画かも」と暗澹とした気持ちになりました。

 

ウルバーニはその後も粛々とパガニーニの世話をするのですが、ロンドン公演の最後にはパガニーニを陥れます。「未成年に暴行をした」というデマを流し、パガニーニが牢に入れられたところで現れ、「私を裏切った罪だ」とのたまうのです。(ここで大事な指まで折られ、心が凍りそうでした。)

なぜ、ウルバーニは裏切られたと思ったのでしょうか?パガニーニは最初から最後まで情熱的で破滅的、あまり裏側のない人物として描かれています。対するウルバーニは、「パガニーニの才能を信じている」という事以外は冷徹で抜け目ない人物として描かれているので、パガニーニの行動は想定の範囲内に見えそうなのですが。理由が分かる人教えてください。

 

結局、ウルバーニがシャーロットとパガニーニを仲たがいさせたことが原因で、パガニーニはウルバーニを解雇してしまいます。その時ウルバーニは「地獄で会おうぜ」的な捨て台詞を残して去るのですが、その後、パガニーニの死に目にもチラと出たりして、最後まで意味不明な不気味な人物であり、消化不良でした。

 

パガニーニがおバカ良い人過ぎる

映画の主旨としては「パガニーニ=悪魔、ウルバーニ=それに仕える怪しい使徒」だと思うのですが、肝心のパガニーニが子どもを可愛がっていたり、純愛に溺れたり、賭博にはまったりしているだけのおバカさん良い人に見えるので、結果ウルバーニが異常に見えました。もっとパガニーニが、実際に言われているように金や権利にうるさい、病んだ顔色も風采も優れない人物だったらバランスが取れているのですが。(そうそう、水銀を吸っているシーンが危険なお薬に見えて、誤解を招きそうでしたよ!)

 

実際、ウルバーニを解雇した後、パガニーニはカジノの経営もうまくいかず、なぜか演奏家としても評価されず(←「大成功を収めた」はずのパガニーニが、なぜ突然評価されなくなったのか納得できないまま進む)、病気も悪化して故郷に引っ込んでしまいます。実際は金や権利に目ざとい人だったはずですが、映画上はとにかくそういうことはからっきしダメ、愛と音楽と享楽に生きるだらしない人としか感じられません。

 

パガニーニは病気でうなされて「神を出し抜いてやる」と言うのですが、このセリフも唐突感がハンパないです。このパガニーニにそんなに野心ないやろ…と思いました。実際のパガニーニは、自分の作品が不正にコピーされないようにオケから回収して回ったり、譜面もほとんど焼いてしまったりするちょっと異常な人でしたので、「神を出し抜いてやる」なんてことを言っても変な感じはしなかったかもしれません。また、病に臥せっても若いイケメンに見えてしまっているので、「絶望的な状況」があまり伝わってこないせいかも。

 

パガニーニは後世の音楽家はもちろん、ゲーテにも影響を与え、かつそういった才能ある人物とのつながりがあったとされているはずですが、そのパワーが全くなく、結局読後感として「いい演奏だった」しか残らないのが残念だったのです。実際は、映画のパガニーニとウルバーニを足したような人物だったのかもしれませんね。

 

 

蛇足ですが。。こういう伝記系の映画を見るとき、いつもキューブリックの「バリー・リンドン」を思い出します。とんでもなく長い映画ですが、野心家の人生の面白おかしさや絶望を描くには、あれだけの長さがいるのかもな~と思います。あれを半分の長さで描いたら、「なんて身も蓋もない映画なんだ!」と思うでしょう。バリーさんは実在の人物ではないですが、どんな伝記ものを観てもあれが一番「誰かの人生を見た」気がするんですよね。